Archive Anecdotage

16. 趣味の問題

ある日、そんなに昔じゃないが、ズボンを一着紛失してしまった。僕の不注意で、日本向けのスーツケースに詰め忘れてしまったのだ。いつもなら公演後、汗にまみれた衣装は楽屋に放っておけば、丁寧にクリーニングされた状態で、他の衣装と一緒に次の公演地でハンガーに吊るされて出てくる。楽屋での名も無きヒーロー達が、ケータリングや衣装の世話を実にプロフェッショナルにこなしてくれるお陰で、僕達は「もっと重要な」仕事に専念できる。

ところがコスト削減のために、日本ツアーには衣装係を連れていかないことに決まっていた。納得のいく決断だと最初は思ったが、ここでケチったのは失敗だったと後で気付く。それまで長い間、ステージで着る衣装の計画に煩わされることのなかった僕の脳みそのズボン部門。その作業といえば、自分がどんなズボンを所有しているかの把握が主で、行方不明のズボンの追跡という任務に関しては素人だ。そのせいだろう、ズボンなしで名古屋に到着してしまった。

そこで即座に解決案を考えなければならない。僕を知ってる人なら、いや僕をちゃんと見たことのある人なら、この時点で既に頭の中で警告音がガンガン鳴っているだろう。ズダ袋のような服装センスしか持ち合わせていない僕。洋服なんて、その機能以外に興味を持ったことがないし、縫製のエレガンスさと僕との関係は、ポリティカル・コレクトネスと「お偉い白人」の関係に匹敵する。勇気を持って「その方面にウルサイ人達」のアドバイスを実践してみたこともあるが、これといった成果を得られた試しがない。

服装がどうしてそんなに重要なのか、僕にはどうしても謎だ。80年代始め頃、「ケワング」とかいうコミック雑誌がピチピチのパンツを履くようなタイプの連中を何人も送り込んで来ては、僕の下半身の評論記事を書かせようとした。TPOとか、しきたりとか、カテゴリー分けとか、そういったことなのかもしれない。ミレッツ [注1] とグッチ、ヒッピーとパンク等など。「ファッションはメッセージ、さあ貴方はどんな服を着た、どんな人ですか?」と知りたがる自称ファッションの審判者、スタイルの行政事務官という類いの連中が必ずいる。はあ、興味を持って頂いてどうも。

それはともかく、スーツケースの中身を全部考証したが、ステージ衣装にピッタリというものは見つからない。古びたゆるゆるのジーンズ(恥ずかしながら)、パジャマ(うーん、候補かな)、ジャージ(濡れたら重すぎる)...どうしよう。僕にとってステージで一番大切なのは楽だということ。肩や腕を被うのは好きじゃない。勿論そんな事を言ってると、キャバレーでの出演依頼は来ないのだが、「でも、そんなこっちゃどうでもいい、僕の小犬(シュッ・ワンッ!)に彼女はドキッ!」 [注2] だ。ステージを跳び回りたいから、ウェストから下は締め付けのキツイものは着用できない。これは、という衣装を見つけたら、ボロボロになるまで(もしくは「その方面にウルサイ人達」に捨てられてしまうまで)何年も着続けることが多い。

「あっ! 黒のショートパンツがある。これでいいや。」ナノセカンド(1億分の1秒)で達したこの決心、その後の成り行きを考えずに無頓着に下された決断。カオス論って聞いたことあるかい? いや、宇宙が自らの内部へと陥没してしまってないのが本当に不思議だ。(まだこれから起こるのかもだが。)

履き古したコンバース・オールスター(臭!)、膝までぐらいのバギーパンツ、そして袖をカットオフした黒のTシャツ...バッチリだ。早速みんなにご披露しよう。リクエストに応えてファッションショーを2〜3回繰り返す内に、空模様は曇り出し、遠くから雷が近付く気配が。そして(部屋に入りきれるだけの人達の間から)批判の声の合唱が、ツナミのように襲い掛かる。「そのショーツはダメッ!!!」

「ワーオ! こんなの初めて。」これまで僕の服装が呼んだ反響とは...いつもまったくの無反応。興味なさそうな「まあまあかな」という声がせいぜい。「果たして何がこれまでの反応を呼び起こしたのだろうか」と黙想してみる。寄せられたコメントは「そのショーツだと、足がガリガリに見える」(これは正直言ってショックだった)から(僕の一番気にいったのは)「夏だったらまだいいんだけどねえ」まで色々。ヘイ、知らなかったのかい、ステージの上じゃいつも真夏だって。2時間歌い踊りまくった後、僕の足下に出来る汗の水たまりを見たことないんだね?

結果としてこの騒ぎはとても生産的な経験となる。単に一時的な解決案としてショーツを選んだ僕だったのだが、今回の件でこのショーツは僕にとって興味深い衣服となり、これまで「面白い」服を一着も持っていなかった僕には貴重な存在だ。しばらくは大事に着よう。

こうして失敗に終わった計画(偉大なるズボン事件)だが、それがいかにマキアヴェリ並の策謀に満ちたものであったかは明らであり、ただ唯一のしくじりは...(趣)味だった! それで思い出した、以前書いた詩だ。タイトルは...

Senses(感覚)...

              If I  were to lose my senses
                  and many say I have
             I'd lose them in this order.
             Sight would be the first to go
                   it's failing anyway. 
             And then the Sound not far behind. 
                   I need a quiet day or two                        
             I'm Touched enough
                    and smell's a waste on me.
             I think I'd save 'til last
                     my Taste ....my impeccable Taste.


(c) Ian Gillan 1996

訳者注:
[1] アウトドア・グッズとレジャーウェアーの大手メーカー
[2] 後半はボビー・ゴールズボローの曲 "Honey" の歌詞からの引用

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