Questions - you got 'em; answers - we got 'em

第70回: 面白いキャラ、それだって!、変わった女、
バイカーの持ち上げ、時間のステッチ

From: Colin Shayler

ハロー、イアン

いくつか質問させて下さい。

  1. これまでに退屈なアリス、ファンキーなクロード、機械工テッドなど、色んなキャラクターを曲の中で描いてくれましたが、他にも出会ったけどまだ曲にしていないキャラはいますか?
  2. パープルの仕事の合間をぬってソロツアーもしくはソロアルバムを録音する予定はありますか? 80年代のギランでの活動や、Naked Thunder と Toolbox の両アルバムはすごく良かったんですが。
  3. パープル関係者以外の人と何か一緒にやる予定は?

今後もその素晴らしい歌声を聞かせて下さいね。

どうもありがとう。
Colin

ハロー、コリン

お便りありがとう。いい質問ばかりだ。

"69" (Abandon)に登場する Spinning Jack というのはジャック・バリーのこと。その昔ロンドンのマーキー・クラブを運営すると同時に、レディング・フェスティバル(当時はナショナル・ジャズ・ブルース・アンド・ロック・フェスティバルという名称だった)のプログラムも担当していた男で、僕のヒーローの一人。78年のレディング・フェスティバルでは金曜日(8月27日)の晩にロリー・ギャラガーのサポートに僕を採用してくれたのがとても助かった。その後も79年、80年、81年と続けて呼んでくれ(82年はドニントンに出演した)83年にはブラック・サバスで出演した。彼には本当にお世話になった。(Basement archives の Gigography を参照してみてくれ。)

Nancy も忘れちゃいけない。"Strange Kind of Woman" では複数の恋人を持つ女として邪悪な描写をされているが、"Knocking at your Back Door" (Perfect Strangers)ではスイートなルーシー(その気にさせておいてなかなか振り向いてくれない彼女)とロケット(僕のことだ)と並んで、もっと魅力的に登場する。この曲で彼女はオースティンとベントリーに出会い、社会的地位を高める(語学の世界では「トップに上る」と言う)ために外交官とも関わって、次第に乗り換えていく。

それからもちろん Angel Jesus Manchenio。マンチェニオはベイルートのカジノ・ドゥ・リバンで上演中のミュージカル「Mais Oui!」に出ていたジプシーのダンサー。66〜7年頃エピソード・シックスの公演で当地にいる際に出会った。彼のガールフレンドを誘惑したからと、ブーツから抜き出したナイフで殺してやるぞとおっしゃるんだが、実は相手を間違えていたことが分かり、お詫びのためにと今度はそのナイフを自分の首にあてた。ちょっと待て、他にも解決法があるんじゃないか?となだめたところ、だったら僕と君の両方の手を切って、義兄弟の契りをしようとのたまう。すぐに外に出て丘で行動に移り、僕のハチマキで2人の手を結び、仲良くパーティーの場に戻った。全ては水に流され、2人は血を分けた兄弟分となり、今でもそうだ。残念なことにその後マンチェニオとは連絡がとれなくなってしまったので、誰か彼の近況をご存知なら(確かスペインに戻ったはずだ)ぜひ知らせて欲しい。(Clear Air Turbulance に収録の曲、"Angel Manchenio" に登場。)

"Any Fule Kno' That"(Abandon)に出てくる Fat Larry と Moronica もいたね。

2つめと3つめの質問に関しては、基本的にパープルの活動を何よりも優先する姿勢なんだが、今年はそっちがちょっと不規則な年なのでソロのプロジェクトや公演を行うつもりだ。最新情報は決まり次第 Dear Friends でお知らせする。

Cheers, ig

From: Jacques Blanc-Talon

ディアー・イアン・ギラン

8歳の時からディープ・パープル(イアン・ギラン参加のラインナップに限る)を聴き始めて32年。初めてライブを観たのは1984年でした。ソロの公演は92年にオーストラリア、シドニーの近くのパラマッタで1度、パープルはその後パリで数回観ました。あなたの著書だって読みました。

パープルが滅多にフランスに来ない理由は何なんですか? 例えばこの夏、周りの国どこでも(イタリア、スペイン、ベルギー、ドイツ等)公演があったのにフランスは無し。もう何十年もこんな状態が続いてます!

それはともかく、長年ずっと音楽を楽しませてくれてどうもありがとう。パープルは世界最高のロックバンドです。

Jacques Blanc-Talon

PS. 数週間前にも一度、ちょっとカチンと来る文章を目にしたのでそれについてメールを送ったのですが、今読み返してみると攻撃的でちょっと失礼だと解釈されそうな文章でした。母国語以外の言葉で書いたからかもしれませんが、とにかくお詫びします。来年パリでお目にかかれるのを願ってます。

ハロー、ジャック

お便りありがとう。礼儀については心配しないでくれ。もちろん礼儀正しいことは望ましいけれど、誰もがいつもそうできる訳じゃないんだから。意図的に無礼なことを言われない限り、僕は腹を立てないよ。フランスではもっと演りたいんだけど、誰かが呼んでくれない限り行けないというのが単純な理由だ。昔のサーカスみたいな活動形式ができたらいいんだけどね。街から街へと移動しては郊外の野原にテントを張り、トラックで街の目抜き通りを宣伝して回る...。残念なことに現代の算術では、公演の予定が入らない限りツアーに出ないということになっている。(多分いいことだろう。)

これまでにフランスでは何度もすごくいい公演を行ってきたし、70年代半ばには1年間パリに住んだ思い出もある。8区のビアンフェザンス通り。サン・ラザール駅から遠くなく、毎朝スポーツの試合結果を知りたくて、駅まで散歩がてらにイギリスの新聞を買いに行ったものだ。途中グランマニエ入りのクレープ(美味)を買って、それからフランスパン半分とチーズ一切れ、そして赤ワインのデミボトルを買って帰り、職場に向かうパリの人々をバルコニーから眺めながら、夕食をとり新聞を読む。それからコーヒーを飲んで就寝。いつも午後4時頃まで寝ていた。シャワーを浴びてバンド仲間と集合。生牡蠣の朝食の後、時には映画を1本観てから仕事にとりかかる。オリンピア劇場の地下でリハーサルをしていた。ある晩、上でファッツ・ドミノの公演があり、それを観るために仕事は急きょ休んだ。素晴らしいコンサートだった。そして仕事の後は、パリの大半はもう就寝後という時間に(他のアーティスト、ウェイター、その他の夜型人間にかこまれて)遅い食事。駅に新聞が届く時間までそのまま起きている...という毎日が "Clear Air Turbulance" のマテリアルが出来上がるまで続いた。

またフランスで公演すると思うけど、たぶん2006年の話だ。2005年はちょっと普段とは違う年なので。

Cheers, ig

From: david sanderson

イアン、

すっごくいい女の子と付き合い始めたところです。今のところうまくいってますが、彼女の家でネットする度にパープル関係のサイトを見る羽目になってます!

昨夜は後ろで彼女が早く2階に上がろうとヒントを与えてるのにも気付かず、大声で「私はもう寝るからね。まだずっとコンピューター使うの?」と言われる始末。

こんな時役に立つ曲か解決法を教えてもらえませんか? 宜しくお願いします。

Big D

ハロー、ビッグ・D

彼女のラップトップ[注]を使わせてもらえば? そうすれば恋愛もパープルも同時に楽しめるよ。

Cheers, ig

訳者注: ノートパソコンのことだが、文字通りの意味は「膝の上」。

From: Stuart Anguish

ハイ、イアン

82年(素晴らしいツアー、ダービーで観ました)以来のファンです。今でもよく聴くお気に入りのギラン時代のアルバムはどれですか?

cheers
stuart anguish

ハロー、ミスター・アンギッシュ

ギラン時代はとてもいい思い出だ。その終わりはあまりハッピーじゃなかったけどね(まあ終わりなんて、実際みんなそんなもんだろう。)

当時のレコードは今でも時々聴いている。特に気に入ってるのは "Double Trouble"。レディングでのライブが入ってるアルバムだ。トミー・ヴァンスの紹介アナウンスの直後、間違って別のステージに堂々と登場したところ、丁度そこで演奏が終わったバンドの機材を運び出してる最中のローディー達に困惑の目で見られたのをよく覚えている。あの公演での演奏には観客も大いに参加してくれて、"No Laughing in Heaven" を一緒に歌ってくれたみんなの大きな声が今でも耳に残っている。

コンサートの後はリュックにビール6缶パックを詰め、バイクでキャンプ場へ。キャンプファイアの周りでファン数人と談笑中、まだ燃え尽きない薪の合間に動くものを発見。よく見ると彼らの仲間の一人が、長い晩の心と身体の疲れを癒そうと、たき火に近寄り過ぎたまま寝てしまったのだった。

翌日母に電話したところ、コンサート当日は車をフェスティバル会場の外に駐車し、何とか中のステージが見えないかと車の屋根によじ登ったんだそうだ。言ってくれればチケットとパスを出したのに、近所に住んでる母は当日になって「ちょっと観に行くか」と決めたらしい。それでも見えないとあくせくしている母をみかけたバイカー数人が手を貸して会場を囲う壁に乗せてくれ、その連中と一緒に最後まで楽しく観たそうだ。

Cheers, ig

From: Andreas Rifani

Sent: 29 August 2004 03:38

ミスター・ギラン

感情的になってると思います、ごめんなさい。1980年以来のファンで、"Smoke on the Water" は僕が好きになった最初のロックソングでした。どうかどうか近い内にトロントで公演して下さい。カナダ人にだってベア・ネイキッド・レイディーズ [訳者注:『素っ裸の淑女達』、トロントの地元バンド] 以外のコンサートを観る権利はある筈です ^^)

ハロー、アンドレアス

興味深いお便り、そして感情を込めて支援してくれてありがとう。君のために全ての手をつくし、みんなを説き伏せてトロントでの公演を入れる事に8日前やっと成功した。2004年8月21日、ムールソン・シアターだ。チケットはどんどん売れてるらしいから、早めに予約した方がいいよ。

Cheers, ig

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